2012年2月11日 (土曜日)

甥の結婚式に行ってきました

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 甥の結婚式によばれる。

 今 仙台で一番話題の新しいホテル~ 綺麗でした。

 一時期スタイリッシュっていう言葉がはやったけど、そんな感じです。

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 本来なら 昨年の5月の予定が 今日になりました。

 幸せそうで何よりです。

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2006年5月16日 (火曜日)

内定

 大学4年の息子の就職が内定した。
 しかも、日本人成人のうち10人のうち9人間で知っている企業に内定した。
 当然親としては、両手を挙げてバンザ~イと叫ぶべきなのかもしれないが、父親である夫も、今まで息子命だった私さえも、なぜか冷めてしまっている。
 原因は簡単明瞭~。

 ヒガンでいるのである・・・・ 

 私の会社は、仙台居住の成人のうち10人中3人はしっていると思う会社。東京だったら、万人にひとりかな~、という知名度である。夫にいたっては 仙台では20000人にひとりいればよいかという知名度だし・・・。東京にいったら・・・ 語るのもむなしい。

 こんな会社にしか勤めていない両親の息子が、なぜ大手に就職できたかというと、自分達と同じ過ちを繰り返させないために、必死に よろめく息子の人生のレールを修正し続けてきた両親の努力の成果なのだ。

 こうして得た成果をまのあたりにし、私と夫は、共に
「あのとき、・・・・・していれば、私たちも こうなれたのだ・・・」
という後悔の念にさいなまされるという、矛盾した境地に陥っているのである。

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2006年2月22日 (水曜日)

チョコレート工場

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「バレンタインでもらった」

と息子が「チャーリーとチョコレート工場」のDVDを持ってきた。

「彼女??」

ときいたら

「ちがうよ~」

の一言。そうかな・・・・

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2006年2月 9日 (木曜日)

Tokyo Walker ~その2

 「東京に行った時の方が 歩くのよね~。仙台にいると、車やバイクばかりで 歩かないのよね。」

と、東京での就職説明会から帰ってきた息子に話したら

「うん。東京駅から東京ドームまで歩いたんだけど 結構 時間かかったよ。」

 若い・・・ 

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2006年2月 2日 (木曜日)

Tokyo Walker

 就職説明会の為上京した息子にメール

 ①地下鉄、JRの出口を間違えないように。間違った出口から出ると目的地にはつきません。

 ②エスカレーターは歩いて昇りたいときは右側通行。そのままうごかないときは 左の列。仙台のように左右に並んで動かないって事をするとど顰蹙~

 ③電車にのるときは、乗車口の右と左の端で、降りる人が全員降りるのをまってすばやく乗る。事前に窓越しに座席に狙いをつけておくのが良い。仙台みたいにまだ降りている人がいるのに途中で乗っちゃウンなんていう人はほとんどいません。

 ④道に迷っても、歩いている人に聞かないこと。教えてもらったためしがない。(けして不親切なのではなく、本当にわからないみたい。逆に 結構 渋谷や原宿で道をたずねられることが多いもん。)

                         以上

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2006年1月20日 (金曜日)

デイトレード

 ライブドアショックの報道の中で、「デイトレード」が取り上げられていた。

 株式ソフトを使ってネットで株を取引していると聞いて、そういえば この間 息子に会った時に大学の同級生が株取引をしてるという話をしていたのを思い出した。息子も 入院中に自分も株のべんきょうでもしようかと、日経新聞を買っていた。

 まさか~

 株に手をだしておおぞんしてないだろーな、とあわててメール。

 返事は 「手堅く焼肉やでバイトしてます」とのこと・・・

 息子よ。貴方のくじ運は 小学生の時の駅ビルのサマーバーゲンの抽選会で1等をあてたことでつかってしまってるのよね~。一攫千金は狙わないように。

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2006年1月 1日 (日曜日)

一月一日

 朝は、忙しいと帰ってこなかった長男、大晦日夜勤でまだ帰宅していない次男抜きの、夫、義母との3人の食卓。店から購入したおせち料理を囲む。

 午後からは 夫と映画「キングコング」を観に出かける。一度観てはいたが、途中で居眠りしちゃって見過ごしたパートもあったし、内容的にも夫も満足してくれること請け合いだったから。指定席は、昨年末に購入しておいた。感想は、3時間の長編はきつかったようで、腰が痛いとブーブーいっている。映画そのものは、以前私がこの部ログでアップしたのと同じ、導入部の長さに対する不満。いい俳優サンを何人もつかったから彼らをUPしなきゃあならなかったから仕方がなかったのかな。それでも、まずまず満足してくれたみたい。

  仕事の関係ですれ違いが多い私たち夫婦。夫も自分も仕事の忙しさにかまけてお互いの存在をないがしろにしがちなことは確か。いままで、夫側の努力のなさばかりを嘆いていたけれど、こちらからしかけていく努力も必要なのかもしれないということで、今回の映画鑑賞とあいなる。

 仕事が好きだ。だけど、順風満帆できたわけではない。苦しいときでもふんばれたのは、家族がいたから。家族の為に働いているという思いがあったから。次男が昨春社会人となり 私の手を必要としなくなった。長男もあと2年か3年で自立する。自分を必要としている人がへっていく。自分を無条件に愛してくれた子供と一緒の生活がなくなった今、仕事に対する踏ん張りが無条件に利かなくなる日が近づいてきた。あらためて夫との生活を仕事をしていくための、生きていくための糧にしなければならなくなる日は近い。他人である夫と向き合って暮らさなければならないという現実に、きちんと向き合っていくことの必要性を痛感している。

 昨年は 結構身近な人の離婚があった。思えばすでに交流のなくなった人の離婚話をうわさで聞いたことはあっても、日常的に交流している人が離婚したことはなかった。これだけ離婚率が高いご時世にあって、遭遇していなかったこと自体が まれなのかもしれない。自分たちにもありえることと、急に身近になってしまった。

  夜は、テレビで毎年恒例の「ウィーンフィルニューイヤーコンサート」を観る。若い頃 クラシック大好きだった夫の唯一のクラシック鑑賞タイムである。「ラデツキ-行進曲」だけは欠かさず聞いている。客席の手拍子が大切なパートとなるはなやかなこの曲を、私たち夫婦のテーマ曲にしていこう。

 

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2005年12月14日 (水曜日)

オレオレ~

 頭痛がひどかったので、バッファリンが効くまで出社を遅らせていたところ非通知電話。

 何かとおもえば

「○○さんのおたくですか?? こちら宮城県警なんですが、実は○○サンをこちらで拘留中です・・・」

おおお、うちの旦那・・ 交通事故やったかあ??とおもったら

「仙台駅で女性にわいせつな行為を働いたということでこちらに拘留中です・・・・」

これってもしかしたら、一寸前にはやった「オレオレ詐欺」のニューバージョンかな?? 思わず

「ご連絡先教えていただけますか??すぐにおかけ直しいたしますから??」

といったら、切れてしまった。しまったああ。よけいなこといっちゃったなあ。振込み先までいうまでひっぱればよかった。

 その後、旦那の携帯に電話。脳天気な夫の声に

「いまですね。貴方が宮城県警に拘留中だっていう電話がきたんですが~」

というと

「そのまま、拘留しておいてください、っていっておいてください。」

との返答。

 警察にもかけると、こちらも呑気な

「え~、まだソンな電話してるとこあるんだあ。」

まあ、まだ引っかかっている人がいるから、かけてるんじゃないかなあ。

 旦那だと冷静に対処できちゃうけど、息子だとわからないな、と自己分析。

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2005年6月 5日 (日曜日)

若貴騒動

 貴乃花の葬儀で 再び浮上した若貴騒動。
 どこの兄弟もあんなもんだと思う。
 うちの息子たちも、違う高校に進学した時点で、言葉を交わすことがほとんどなくなっている。
 お互いを評するときは かならず「あいつ」呼ばわりで否定形の嵐。
 他人からは、性格素行とも悪く言われたことはないのにもかかわらず、兄弟同志では罵倒の嵐。原因は ちいさいことの積み重ねだから 特定はできないなあ。
 どこでもある兄弟の価値観の違いからくる不仲。そう思うんだけどな。

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2005年5月17日 (火曜日)

血のつながり

 実家の73になる父親が手術をするという連絡が母親からはいった。
 病名を尋ねても はっきりいわない母親に癌を疑う。
 70をこしてますます 気が小さいくせに短気な父親の性格に発車がかかっているので ここ最近顔を合わせると喧嘩ばかりしていた父親だが、癌だと思うと自然に涙が出てきた。その夜は胸が締め付けられて眠れなかった。
 翌日 母親に改めて聞いたところ、たんなる「ヘルニア」だったことが判明。入院も2泊3日。
 一応、手術だからと当日は仕事を休んでいってみると 手術が始まる15分前だというのに母親はおらず、父親は
「おかあさんがこない。」
と不安げにしている。結局母親は手術が始まって30分してから登場。
「いたってどうしようもないもんね。」
と開き直っている母親。私も息子が入院した時はしっかりついていたけど、夫の時はきっとこんなもんだろうな、と納得。
 手術は予定通りに終了。一応手術して大変だったとごねる父親に、手術後にある先生からのお言葉は一言、
「手術は順調におわりました。」
だった。それを聞いて安心した母親と私は、後2時間はごはんを食べれないといわれて不満全開の父親の脇で、お昼を外に食べにいく相談をしていた。
 そんな私たちの隣のベッドの患者さんと看護士さんの会話が耳にはいってくる。
「〇〇さんの体のなかで今大変なことが起こっているんです。安静にしてがんばりましょう。」
と言う言葉に思わず母親と顔を見合わせてしまった。
 長居は無用と母親と退散。近くのカフェでランチを食べてわかれる。
 何もかも分かり合える友だちなど、この年ではもういないしできるはずも無いが、家族がいれば寂しくもないし、強く生きていけると思う。だから女性であっても、情になながされず仕事をしていけるんだと思う。両親に大切にされて、結婚して子供に恵まれて きずいた家族という基盤が私を支えていると、最近思えるようになった。
 今まで、自分達で好きにやっているという両親に対して 何もしてやれることは無かったけど、こういうときはそばにいてやることを心がけていきたいと思う。

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