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2004年12月29日 (水曜日)

携帯料金

 携帯電話料金のことで、母親を殺した19歳の大学生の事
件が報道されている。
 我が家の19才も携帯電話のパケット料金が6万になって
母親の口座から引き落とされて、母親から「ワイワイ」言わ
れている。
 今日も母親の仕事場で男手がたりないからと、雪の中か
りだされてタダ働きをさせられるのだ。
 逆切れしたくとも、スポンサー様には逆らえないつらさ。
 殺人を犯した19歳との差は、その辺をきちんと理解して
いることなんだろうね。

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2004年12月28日 (火曜日)

焙煎

先月 受けた中国茶の焙煎講座の復習もかねて
秋に台湾で作ったお茶を焙煎してみた。
 きちんと保管していなかったから、味も香りもおか
しくなっていたのだが、1日かけて 店の片隅で、焙
煎器をかけたところ、店内にはアミノ酸の香りがたち
こめて その後高山茶らしい味わいがあるお茶にする
ことができた。
 焙煎がきいているので、ほうじ茶風だけど、そこそこ
の味と香りはGET!

 仕事の方はとてもいそがしくて、試験向けの勉強も
できない状態だけど、お茶を淹れる時間、飲む時間を
大切にすることで、かろうじて精神の安定が保たれて
る。

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2004年12月27日 (月曜日)

ターミナル

 スピルバーグ映画の「ターミナル」をみてきた。
 トムハンクスが好演。「レディーキラー」よりもずっと良い。
彼はいつでも「いい人」を演じて欲しい。
 キャサリーンゼタジョーンズの普通のスッチーも とても
良かった。
 この手の作品は 日本で爆発的ヒットはしないだろうけど、
いい映画はいい映画。「プレンダ-対エイリアン」よりは、後
味はいいんじゃないかな。

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2004年12月25日 (土曜日)

クリスマスイブ

 12月23日の閉店間際、いかにもヤンキー男の子3人、
うちの店で1個づつ饅頭をかって食べていった。
 3人のうち一人はいい感じだけど、あとの二人は並。

 クリスマスイブの24日の夜、閉店間際に前日きた
ヤンキー君のうち並のふたりが、饅頭を買いにきた。
 店員一同、ヤンキー君を見送りながら考えたことは同じ。

「もう一人のやンキー君は彼女とクリスマスだから、今日は
 べつこうどうなんだよね・・・。」

 男二人で饅頭でクリスマス・・・

 来年は ヤンキーやめて別なところで勝負しないと、また
男同士でクリスマスになるぞ!

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2004年12月20日 (月曜日)

年の瀬

 交差点の真ん中で信号が変わったというのに 右折車両の
先頭のくるまがうごかない。朝のラッシュ時だから、当然クラク
ションのあらし。
 バイクに乗っていた私がそばによって見ると、運転手さん
爆睡状態・・・・
 くるまのBODYをたたいてあげても、おきる気配なし。
 みかねて、後ろの車から降りてきた人におこされている。
 忘年会明けだったのかな。はた迷惑。
 しばらく、走ると三重衝突現場に遭遇。間にはさまれた軽自
動車の運転席は跡形も無い状態になっている。

 ・・・・・・

 みんな1年の疲れがでてきてるのかな。

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2004年12月19日 (日曜日)

ヨン様

 うちの旦那がテレビをみてたら
「ほら、でてるよ。ヨンピル・・・」
といったので、みてみるとヨン様がてをふっている。
「何度おしえたらわかるの!!『ぺ・ヨジュン』だって
 ば!!」
「なにいってるんだ! 韓国スターの原点はヨンピル
 なんだぞ!」
といって 「釜山港に帰れ」を歌い始めた。

 夫53歳、彼の韓流ブームは20年前に終っていた。

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2004年12月18日 (土曜日)

石井和久

 ドジャーズの石井投手が深夜の番組で 古田捕手と対談
をしていた。
 そこで 石井投手が自分の将来の希望として、球団の経営
者になることを挙げていた。
 それを聞いてうなってしまった。
 プロ野球の選手もかわったね~
 野球バカなんていう言葉は死語なのかもしれない。

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2004年12月16日 (木曜日)

忘年会

 会議のあとに管理職組の、コンサルタントを囲む忘年会が
あったんだけど店のシフトに入っているということにして、パ
スした。
 一緒に飲みたくない連中とのんで 5,000円はだしたくな
いが本音。。
 年末の繁忙期の体調管理に自信がないこともある。
 オバサンひとりいようといまいと関係ないだろうから無理を
する必要がないというのは 実に気楽。
 閉店後にワザと入れた委託の掃除に立会うために、会議
終了後店に戻ってきた。
 さて、お茶でもいれて、残り少なくなった2004年を 一人
優雅に惜しもうか

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2004年12月15日 (水曜日)

講習会最終日

 中国茶のインストラクターコースの最後の講習会。

 最後のティスティング。
 自信があったのにまたはずした。しかも、まちがった
のは自信があった「ウートン単そう 杏仁香」・・・
好きなお茶とおもっていたのに、お茶に裏切られたと
いう感じで逆恨み状態。

 新幹線の時間間際まで、パソコンにむかって打ちこん
でた卒業論文を提出。推敲するひまがなかったので
変換ミスだらけ。
 だしゃ~いいんだよ~、と開き直りながらも、実際に
書きだしてみると、いろんな発見があり、テーマそのも
のとは、違う内容に脱線しまくってしまった。
 今ごろ、先生は私の論文を読んで、何をいいたいのか
全然わからないと、ぼやいてるだろうなと思う。

 「岡倉天心の茶の本と中国茶」という題で、天心の書
いた茶の本の中国茶観についての論評みたいなことを
書いた。
 なぜかいたかというと、岡倉天心の「茶の本」が薄かっ
たから・・・・。これだったら、すぐ読めるという、真に安易
な動機だったんだけど、いざ書き出すと 論拠を他の本
にもとめるために、さらに別の本をよまなきゃならなくなっ
て大変なことになってしまった。
 構想2ヶ月。実際にかきはじめたのが11月30日とい
うことで、2週間。仕事もしながらだったから大変だった。
なにせ、頭の中の半分は常に論文のことを考えてるか
ら、仕事がまともにてにつかない・・・・。
 歯医者の予約の日はなんども間違って 歯医者さん
にもう予約は受け付けないとことわられるは、本社への
提出書類は先延ばししておこられるは・・・・。

 何はともあれ、だしちゃったので、終わり!!
 書き直したいけど、今の私にはホント無理・・・・・
 日本茶のインストラクター試験の時もおもったけど、今
これ以上のことができないから、どうか、これで合格させ
てくださいっていう感じ。

 先生 ほんと、1年間有難うございます。
 我儘なオバサン生徒ばかりで 頭にくることばかりだった
とはおもいますが、最後まで見捨てなかったのは、やはり
先生の人間としての強さと大きさですね。
 最後にいただいた先生の意見を書いたコメントは、胸に
くるものがありました。
 受講中の私たちの中に流れたいろんな風評や、意見
に対する先生からのメッセージでしたが、私自身の今ま
での生き方やこれからの生き方にたいする指針をあたえ
てくれるような内容でした。今回の講習会中にあったこと
全てを先生自身も試練として謙虚にうけとめ、成長の糧
にしていたと、驚きをもって読みました。
 なんだかんだいっても、この人は「師」として、私たちの
ずっと上を昇り続けていると感服した次第です。
 自分も直接の経営者ではないにしろ、ひとつの店をまか
されているものとして、見習わなければならないことばか
り。
 この1枚の紙に書かれたメッセージは 自分がこれから
生きていくときの指針になると思います。このメッセージを
もらえただけでも、この講習会を受けたかいがあったと
思います。

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2004年12月10日 (金曜日)

宋種単そう~杏仁香

 杏仁豆腐に入っている杏仁の香りがする青茶
 
 最後のティスティングの課題のお茶のひとつ。
 飲むと嬉しくなるようなお茶。
 
 ティスティングトレーニングの為に飲むお茶は
いつも苦痛だった。
 最後まで、あてられなかったお茶ばかり。
 それでも 最近嗅覚が以前より強くなったかな
と思う。お客様の香水がきつくかんじたり、新幹
線の喫煙車できもちわるくなったり・・・・

 鑑定杯で飲んでだ事があったけど、今は
工夫茶器でお点前の練習をしながらのんでいる
せいかな、お茶を飲むのが楽しめる。

 ようやく、中国茶道の入口にたどり着けたとい
う感じ
 でも、講習会はこんげつでおわっちゃうんだよ・・・


 

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なんでだろ~

 最近、ギター侍をよくテレビで見る。
 「でいうじゃない~」
 「残念!!」
という、ノリに大笑い・・・・・
しているんだけど、ふっと思い出す。

 「そういえば、テツ&トモって最近みてる??」
 「そういえば見てないよね~。」
 「そそ、去年の今ごろテレビに出っ放しだった
  のにね~。」
 「解散したんじゃないの??」
 「・・・・・・」

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2004年12月 6日 (月曜日)

黒豆

 黒豆茶が大ブレーク中。
 黒豆コーナーを作って黒豆ココアも一緒にならべていま
す。こちらも コンスタントに売れています。

 黒豆の他、黒ごまとかがブレンドされているコーヒーも
取り扱いをはじめました。
 美味しいかどうかは まだ試してみてないのでなんとも
いえないんですが・・・・

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2004年12月 4日 (土曜日)

豚のシャブシャブ

 同僚と豚シャブのコースを食べにいった。
 しゃぶしゃぶって もりあがらないなあ、というのが
味以前の感想。
 おなかはいっぱいなんだけど、なんかしまらなくて
近くのコーヒーショップでケーキと渋めのコーヒーを
頼んでしまう。
 それでようやく完結。
 牛シャブもこんなもんかしら。

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2004年12月 2日 (木曜日)

オバサンの聖戦 ~円満退職

 出産のために退職したパートさんたち3人が 子供をつれて
店に遊びにきた。
 2歳の子供を筆頭に、店内は1時保育園状態。子供の叫び声
と お母さんの怒鳴り声で騒然となる。
 若い独身の店員たちは憮然としていたが、私的には孫をみる
ようで思わず顔がほころびっぱなしだった。
 こうして元気な顔を見せてもらえるのは 嬉しいものだ。

 以前、不倫現場を目撃されて 社内中にそのうわさが蔓延した
本社のやり手管理職の彼女に 上司から指導が入ったらしい。
彼女は今のプロジェクトが終了する来春後退職と返答したらしい。
 私的には 不倫におぼれて仕事が手抜きになっていた以前と
違い、今は 新しいプロジェクトチームのリーダーとしてがんばっ
ているのだから、ほっとけば良いのに、ただでさえ 人がいない
のに~ というのが 聞いた感想。
 不倫相手とはもう別れたとか・・・・
 以前 デート現場に鉢合わせした同僚が
「彼女 幸せになるきがないんですかね~。」
といっていた。

 寿や出産のため以外の退職は円満などありえない。
 円満退職だけが 人生の花道じゃないけど、一生懸命仕事して
自分が立ち上げた店に 足を2度と向けれないような辞め方は不幸
だと思う。

 人の目など無視して、仕事の実績で勝負することができる実力の
持ち主だから「負け犬」として職場をさるようなことは 彼女にはふさ
わしくない。
 いままで彼女の発言で 何人かの人たちが左遷されたリ退職にお
いこまれたことがある。
 私も、彼女の言葉で 危なく退職においこまれそうになったことが
あった。幸い 彼女と敵対する上司にたすけられて今日にいたる。
 その頃の彼女は隙がなく 切れ者だった。だから はじめて彼女
の不倫の話を聞いたときは 彼女の弱い面をしり、ほっとしたことも
あった。
 その一方で 腹立たしくも思う。
 向こうはそうは思っていなかっただろうけど、現場至上主義の私と
は路線こそちがえ 彼女はライバルだった。ライバルらしく 最後まで
がんばってほしい。みっともなく、尻尾をまいてにげるのかよ~

 彼女が 新卒で幹部候補生として入社したその春に パートで入
社した私。その後、社員に登用され店長になったとき、彼女は先に
店長になっていた。その後 精神的にくずれたエリート路線から脱落
した私をしりめに 本社勤務になり、常に社長に大きな発言力をもち
続けた彼女。
 
 新しい人生のパートナーができて 寿退職するか、出産の為に退職
するか、それとも定年退職するか・・・・ 
 円満じゃなくてもいいから 戦って死んでよ。みっともなくてもいいから
這ってでも一緒に進んでいこうよ。
 こんな辞め方、情けない。私がこの手で葬ってやるその日までそこに
いてよ。


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2004年12月 1日 (水曜日)

茶丸の今日のお茶 ~緑茶牡丹

  和菓子やさんにいって 杏仁豆腐と緑茶牡丹を頼んだ。
  緑茶牡丹にお湯を足してくれと頼んだら 店員サンが
変な顔をされた。中国緑茶の足し湯の常識を、知らない
らしい。外側だけまねしてもだめだよ~

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オバサンのため息

  リードオンリーになって1週間の日記フォーラムが
予告どおり消えていました。
 仕方がないけどさびしいな。
 そこにあったのは 私の人生の記録。
 私の過去。
 45にもなると、未来よりも過去のほうがながくなっ
ていることに 感慨深くなっちゃうんですよね。
 若い人たちにはわからないだろうな。


 
 

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試験内容について

 日本茶インストラクターの1次試験に合格しました。
 2次試験は 1月30日です。
 このインストラクターの最終合格率は 去年は42パーセントだったのにも
かかわらず、今年は1次の時点で 推定30パーセント台・・・
 発表前から インストラクター協会のHPの掲示板は 試験問題への批判
が乗っていました。
 私も、受験していて「ちょっと・…これは・・・・・」と思うものはありましたが
総体的には 通信教育のテキストをフル活用すれば何とかなるなというの
が感想です。

 もちろん、私の場合は すでに日本茶関係の仕事をしていますし、それ以
上に中国茶の勉強もある程度のレベルまでいってたから、まったく白紙状態
での受講じゃないから 他の人とは違ったのかもしれません。

 通信教育の勉強は 問題集の問題をときながら テキストを追っていく方法
を取りました。ですから 全部読みこんだわけではありません。もう テスト対
策とわりきっていたのですが 全く予備知識なしの化学の分野とかがあって
高校のとき化学をきちんと勉強しておけば良かったと後悔することしきり。用語
の意味がわからなくて、一応理系の大学に行っている息子に電話できいたこ
とがありました。
 年号とかは 昔取った杵柄、日本史選択の底力発揮でばっちり暗記。という
か 以前通信教育を一度受けた事があったんだけど、全然頭にはいらなかった
ことがあって、自分はもう年だからとそのときは挫折してたんだけど、今年は
なぜか記憶力が ある程度回復していたのでびっくり。春からはじめていた
中国茶の勉強のおかげで 脳がある程度活性化しはじめていたのでしょう。
使わなければ錆付きます。でも使えば、まだまだ動くんだって実感しました。
あとは、お茶を毎日何杯も飲んでいたせいかな。

 今年の問題に関する感想ですが、先にも書きましたが 通信教育のテキスト
をきちんとやっていれば何とかなるんじゃないかな、と思います。ただし、問題
の表現方法とか、テキストにのっていない事例にかんしては 通信教育をうける
以前にお茶とどのようにかかわってきたかということが 問われてしまうと思うん
です。
 今回の問題で「なんだこりゃあ~」と思ったのは インストラクターがしてはいけ
ないことの問題・・・・ 現役インストラクターに聞いても ????? の部分で
この件にかんしては 正解が知りたいとは思っています。

 なにはともあれ、一次は無事通過。
 12月13日まで 中国茶の論文をかいたあとは、本格的に中国茶の茶芸の練習
にはいるんだけど、平行で2次試験対策もしなきゃならないなあ。


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